宣伝ムービー第二弾! シビリゼーション計画(架空の歴史ノート集)



(画像がひっかかる人は画像をクリックしてユーチューブのページで画質を下げて再生してください。)


常にヒトの歴史は激動
生きやすい時代なんてない
だからこそ、ヒトはもがき輝くのだ



個展まで残り1週間ちょっととなりました。
そこで二年くらい前から書き続けている架空の歴史ノート、シビリゼーション計画の宣伝ムービーも作りました。今回、7冊まとめての公開は初めてとなります。
どうぞ、設楽陸 展会場に足を運んでくだされば幸いです!
もしよろしければ他の人にも宣伝していただけると幸いです。

シビリゼーション計画の詳しい内容
http://wwwbakudanrobocom.blogspot.com/2011/04/blog-post_05.html





シュミレーテッドレアリズム展の宣伝ムービー
(この動画もユーチューブ化して画質を上げました。)
http://wwwbakudanrobocom.blogspot.com/2011/04/blog-post_5618.html

BLUMEN GARTEN


後輩の展覧会です!
東京にお出かけの際にはどうぞー
共にがんばろー

「BLUMEN GARTEN」
期:4/30(土)ー5/28(土)
会14:00〜18:00
30(土)18:00、日、月曜日休み 会場:LOOP HOLE

ドローイング


頭の訓練のためドローイングを開始!
今日は雨で気分もちょっと曇りだけど突っ走れ〜

ホリエモン実刑判決! なんて不条理!

僕はホリエモンが嫌いではない。彼を血祭りに上げようと躍起になっている見えない奴らが嫌いなだけ!これは見せしめだ。今、この国の病根が震災・原発などを通して明確に浮き彫りになってる!



堀江「長い収監生活になるが、本でも読んで勉強したいと思っている。こういった状況になっていることについては僕に原因があった部分もあると思う。しっかり勉強して帰ってきて皆さんの役に立ちたいと思う。今やっているロケット事業などについても我々の仲間達が継続してくれる」


堀江「僕が言いたいのは健全に動いている上場企業をいきなり強制捜査をするというのは異例だし僕らしかない。山一もカネボウも潰れた会社。潰れた会社の経営陣の責任を取るということとは違う。世の中に貢献している会社に対して捜査を行った。僕は事件を起こしたつもりはない」


堀江「恥ずかしながら自分も、捕まるまでは検察に対しての具体的な知識がなかった。捕まってから僕も勉強して、日本でも有数の検察マニアになったと思う。調べれば調べるほど検察の仕組みはこわい。怖いのは検察とツーカーの記者ではなく、正義感で検察に厳しい目を向けている記者の人」


堀江「当分総選挙もないし、強いリーダーシップを持った人が出てこないと変わらない。日本はまだネット選挙活動すらできない。日本は先進国ですらないのかも、と思う」


堀江「大相撲の不祥事問題もそう。あんなことで叩いて二度と立ち上がれないようにする。そういうのはどうかと思う」


堀江「今、マイナスからのスタートだと思うが、それにはいい部分もある。これ以上悪くなることはないから。どん底まで落とされたら這い上がるしかない。這い上がるのって実は楽しい。日本全体が今つまらない感じになってるが、東北で復興にあたってる人たちは今後楽しいことが増える」


堀江「粉飾が事実だとしても、処分については不条理だなと思うが、世の中は不条理に満ちている。これが世の中の真理。僕ができるのは世の中が不公平であることを世の中に訴えていくこと」


詳しい記者会見の内容http://togetter.com/li/128371

設楽 陸 展 宣伝ムービー!!

(最近、この動画もユーチューブ化して画質を上げました)

刻一刻と個展が迫っております。そこで宣伝用のムービーを作りました!
ぜひ5月8日(日)からの個展に足を運んでください。充実した展示になると思います。
よろしくお願いします!
5/8(日)17:00〜のオープニングパーティーにもぜひ!
いろいろな方とお話できたらいいな。


5メートルを超える絵画も詰めの作業に入り、タイトルが決定しました。
『天翔る龍の閃き』
龍....これからはリヴァイアサンの時代なのかな....
絵画の全体像はぜひ会場に足を運んで確かめてください!



設楽 陸 展 Riku Shitara シュミレーテッドレアリズム
2011年5月8日(日) ~ 6月12日(日)月・火 休廊  11:00 ~ 19:00
ギャラリーエム コンテンポラリーアート
愛知県日進市岩崎町根裏24-2




休息







気付いたら朝の4時をまわってる! て、いつもの事だけど.....缶コーヒーを飲んで休憩中。懐かしい映画の動画発見したから見ながらドローイングしてますです。


KIDS RETURN

「マーちゃん、もう俺たち終わっちゃったのかな......」
「バカやろう!まだ始まってもいねえよ!」

もう自分終わったな、て思った時によくこの動画みて元気出します!
単純な頭してますから

爆弾



爆弾は僕の絵の中によく出てくるアイテムだけど、けっして殺戮の兵器として描いてるんじゃなくて、想像力の爆発、生命エネルギー、パワーといったイメージで登場させている。たまに破壊的な負のイメージに転化するけど。

人の中にある堕落的で凶暴な負の感情は確かにコントロールしきゃいけない、大切な人、もの、自分を守るため、信頼を得るために。けど、嫌でも戦わなくちゃいけなくなった時、凶暴に冷酷に自分勝手になった方が戦いやすい。自分を犠牲にしてまで優しくなろうとしすぎた結果、他人に依存し、自分を見失い無力感にさいなまれてしまう人をけっこう見る。僕は弱く無害な人間に成り果てるのだけは絶対にヤダ!!高校の時、弱いくせに怒りで暴力をふるってしまうあの虚しさ、あの感覚だけはもう味わいたくない、そんなのは本当の凶暴さじゃない....

だから武装したんだ、ちゃんと生きてくためにー

新作完成!?


さっき完成した?ペインティング 1620×1303mm
(ぼけててすいません。)





<シビリゼーション計画 6  隆盛アルメキア文化編 完成>



<シビリゼーション計画 7 アネッサンス美術 執筆中>

(ぼけててすいません。)














ペインティング


最初のヒト


Umbrella

ジャイアントスイング




僕は真剣に考える、なぜ人は争うのかなぜ創造するのか
愚かなのになぜこんなにも輝いて見えるのか......そんな問いを自分にも投げかけてみる
なぜ君は絵を描くのか....おそらく僕は強くなりたい進化したいという強い願いから絵を描いてるんだと思う。ある人が僕の絵を悲しくて愚かな絵だと言った。そうだと思う、欲にストレートなものを探求する人は、他の人から見たらピエロだから。


だから絵を描いた

Lip ghost

昨日、個展のDMを配りに大学に行って、学生の時にお世話になった二人の先生の内の一人の先生とひさしぶりに話した。すごくいい時間を過ごした。昔、僕は絵が嫌いだった。父親も画家だから何となく絵をさけていたのかもしれない(こっそり隠れて描いていたけど....)。小学生の時、図書館のホールに飾られていた父親の絵を友達が見られ「お前の親父の絵、ぐちゃぐちゃで訳わかんねよだよ!なんだあれ〜」て馬鹿にされたのがけっこうトラウマだった。父親が普通のサラリーマンだったらいいのにて思った。そして、特に何も考えず何となく美大に行って、このままじゃアホみたいな人生になると思って突然立体やら映像やらアニメーションやらインスタレーションやらを手当たり次第やってみたけどどれも消化不良で焦りと喪失感、鬱憤がたまるだけの日々。3年生の終わり頃、先生に立体作品用のスケッチをいっぱい見せたら絵を描いてみたらと言われ腰を抜かした。もう自分は終わりだとなぜか思った。でもどうせこのままでも終わってるから最後の手段として賭けてみようと......僕は先生に救われたんだ、大人嫌いだったのに大人に救済されたんだ。その日から図書館に籠って画集や美術史の本を読んでドローイングをしたりして、いっぱい勉強した。いままでにこんなに勉強したことないてくらい。けど勉強しても本質が全然つかめない、だからアクリル絵の具を使ってとりあえずいっぱいキャンバスに絵を描く事にした。実践あるのみ!!

下手なのは分かってた、うまいとか下手とか綺麗だとか汚いとか、面白いとか面白くないとか、そんなんはもうどうでもよくなってた。描かなきゃ進めない生命維持のために描いてたようなもんだ。そんな自分を先生は見守ってくれてた。4年生の時ベネチアの野外レストランで先生とビールを飲みながら「やっぱ絵を描きたいんです。」て言って先生は「描けばいいじゃん、おもしろいんだから」て.....泣きそうになった。ベネチアでの事、ベネチアで前から気になっていた画家エンツオ・クッキの個展が偶然やっててダッシュで見にいって、はじめて絵にパンチを喰らった事。一年大学を留年してなかったらクッキの個展見れなかった!
しかも最初デザイン学科だった、単純に単位が足らなくて。どうでもよくなって、楽そうでおもしろそうなて事で美術学科に移った。もう一回一年生から.....
そんなどうしようもない自分だけど.....勝手な解釈だけど
僕は好きで絵を描いたんじゃなくて導かれて絵を描いたんだ。だからこそ何かあるはずなんだ。今まで何もないと思ってた分......

僕はパッと出て売れるタイプじゃないんだ....きっと....
それより少しずつ信用を勝ち取っていこうと思う。
恩を返していきたい


DM


個展のDMが届いた〜!!



牧ゆかりさん照明さんかっこいいDMありがとうございます!
花見もあきらめて昨日の飲みもあきらめて制作がんばりやす!!
エイエイおーーーーーー!!!

シビリゼーション計画 (1) 解説







世界を統べる超帝国に未来永劫の栄華を....



時代背景)
今から400年あまり前、世界はヴァ帝国の手によって統合され、王は全人類の統治者『人類皇帝』と名乗りその名を全世界に轟かせ人類帝国は栄華を極めた。しかし新生暦436年、帝国内で内紛が起こり帝国は混乱する。そして時を見計らったように次々と各国が分離独立を宣言、反帝国組織神聖大州洋同盟を形成、帝国に反旗をひるがえし、全世界を巻き込んだ大戦争『分裂大戦』が勃発する。






タイトルに戻る





シビリゼーション計画(2)解説







全人類の頂点、人類皇帝の最後


(時代背景)
新生暦459年、全世界を巻き込み20年の長きに渡り続いた分裂大戦と続・分裂大戦終結後、連合国軍は人類帝国帝都トノスに入城、戦後処理と人類帝国の解体、戦勝国による世界の再編を遂行するため帝国軍事裁判を開廷させる。だが、裁判とは名ばかりの戦勝国による人類皇帝への私刑が始まる。




シビリゼーション計画(3)解説






新たなる時代。新たなる危機。


(時代背景)
人類帝国解体後、世界各国は独立に歓喜し、明るい未来への展望を夢見ていた。世界は新華帝国を盟主とするエノジア大陸文明と神聖エルゼナ帝国を盟主とするアルメキア大陸・ゴート大陸文明、バルバドーラ帝国を盟主とするウィスタン大陸文明の三大勢力に分かれ独自の道を歩み始める。しかし、新生暦604年、突如ウィスタン大陸のアレッポ大連山が大噴火を起こし、同時に発生した大地震・大津波が大陸を飲み込み崩壊させる。人類史上最大の天災『大審判』の発生である。さらに未知のウィルス腐壊病が世界に大流行、人類文明は再び危機を迎える。




シビリゼーション計画(4)解説







立ち上がれ、大草原の王。


(時代背景)
腐壊病が世界を絶望の淵に陥れている頃。コンスタンツア陸道の遊牧民が新種の生き物から取れる乳で腐壊病を予防できる術を偶然発見する。彼等はその生き物にまたがり、新しい武器を開発し、カリスマ性を持つ部族リーダーオロコイ・シャーンに率いられコンスタンツア陸道を席巻する。小さな辺境の遊牧民が歴史の表舞台に台頭する。






シビリゼーション計画(5)解説





僕達の力はこの天下で、どこまで及ぶのか。


(時代背景)
大帝オロコイ率いるヤンドラシャーン帝国は東方五ヶ国を手中に治めエノジアの巨大帝国新華帝国と対立する。そして新生暦712年、新華帝国皇帝玉宝は50万の兵力を率いて、ついに侵攻、『長征戦争』が勃発する。帝国の存亡を賭けたオロコイとその仲間達の戦いが始まる。





シビリゼーション計画(6)解説




『帝国から世界へ 人類真意論』 テキスト1p



1、はじめに
2、超文明思想(分離主義)から大興帝思想(アネッサン  ス)
3、フィリオ宣言
4、オルフド・スティンルス 人類帝国の世界統合
5、バール・アソー 中枢の幽霊化
6、リッグ・タイラー アルフォータ革命 権力の詩
7、ハルティン・ポッポー 権力のサイクル
8、アンドレ・エッツオ なぜヒトは創るのか(追加)
9、イアン・テーベル 振り子と英雄(追加)
10、ナイマン・デンガー 表現と時間(追加)

1、はじめに

 ぼくは幼い頃、ノートブックに自分の考えた架空の年表や王国、戦争のことを書いては捨て、書いては捨て、という刹那的なループを繰り返していました。自分で描いた絵やマンガは友達にあげたり交換しあったりしていたのですが、さすがにこれはコアすぎたし変態扱いされるのが怖くて見せることはできませんでした。しかし、当時ぼくの絵やマンガは友達から評価されていたし、マンガはゲームソフトと交換してもらったこともあるのです。つまり、ぼくの産み出す創造物はゲームソフト一本と等価値だったのだ。レゴブロックや秘密基地のデザインと設計の依頼もよく引き受けていました。おそらく、ぼくがアーティストとして一番輝いていた時代でした。話はだいぶそれてしまいましたが、そのノートブックは小学生の時以来、制作は中断されたままでしたが、大学を卒業してちょっとたった後、再び制作を再開させました。絵を本格的に描くようになりノートブックも自分の核を形成している一部だと再発見したからです。そしてノートブックが七冊たまったので個展で発表しました。まだ歴史は続いているのですが、六冊目のシビリゼーション計画アネッサンス編にこれまでの歴史や文明、ヒト、文化、権力、国家についてアルメキア大陸各国の学者達がウェール王国の貿易都市ウェールに集まり意見を語り合い考える章があります。彼等アルメキア人は永き人類帝国の治世と崩壊二度の分裂大戦腐壊病の世界大流行(大審判)宗教戦争を経て再び壮麗な文明を形成しつつあります。今年、リアル世界でも歴史的な大惨事と混乱がありました。今、大きな不安を抱えつつも冷静に未来・過去・現在を見つめ直し新たな思考を創造する良い機会であると思います。出てくる国や体制は架空のものですが、歴史、舞台は違えど本質は同じです。確かにまわりくどいかもしれません、真意は分かりずらいかもしれません。しかし、そういうのを少しでも感じとってほしいという想いからこの章『人類真意論』を書いたのですが、人がたくさん出入りするギャラリーでの展示だったため、なかなかお客さんがゆっくり見れる状態ではなかったのと、ぼくの字があまり綺麗ではなかったので読みにくかったと思い、一部テキスト化してウェブ上に載せてみました。今回はその人類真意論の序章、人類帝国についてです。

貿易都市ウェール

2、超文明思想(分離主義)から大興帝思想(アネッサンス)       へ

 人類帝国時代、世界の国々は人類王朝という、ある一つの母体の中に組み込まれていた。分裂大戦と続・分裂大戦は、その母体から離脱し、独自の文明世界を築きたい考える帝国の支配者や組織が起こした革命運動といえる。エノジア大陸諸国やウィスタン大陸諸国は人類王朝の本国アルメキアから遠方にあり、直接統治の影響が薄かったため超文明思想のような極端な考えは生まれなかった。超文明思想とは本国アルメキアに近いアルメキア大陸諸国やゴート大陸諸国、北ウィスタン大陸諸国などの直接統治が色濃かった地域の指導者や人々が支配と抑圧を受けていると強く感じ、その統治から逃れ、独自の勢力と文化、領土を保有したいという願いから発生した。アルメキア諸国は独立後、再び他国に支配されないための強力な国家の建設を目指した。それは統制と軍事力、文明力(科学力・文化面)を特化させた国体で超文明思想は大戦後、独立と勢力図の再編が急速化したアルメキア大陸において、より顕著となって表面化した思想体である。エルゼナ神聖帝国は法帝庁を中心とする巨大な宗教圏をアルメキア大陸に築き上げ、強力な勢力を誇り、聖地をヴォオスから国内のミラリアに移し、文化面でも自らが中心であることを誇示したのが、いい例に上げられる。だが、宗教を主体とするアルメキア正教文明は厳しい統制や異端の排除、身分制度の厳格化などで商業・交易などの経済活動が停滞する結果となった。経済力の低下は国家歳入を激減させるため、民衆に重税を課すこととなり、それに反発する者は容赦なく投獄された。だが、そんな鬱々とした閉鎖的な時代と旧態勢に縛られた認識を打ち破る新しい運動が起こった。新生暦728年、ログ公国のキルキスタの学術協会にて超文明思想から決別して大興帝思想という新し運動を提唱した哲学者ロイド・フィリオは時代錯誤であると多くの批判を受けた。特に真教会教圏下であったにもかかわらず、法帝庁出身者の知識人から猛烈な抗議が殺到した。それは第一次・二次原本継承戦争後の混乱と宗教対立、経済の停滞でアルメキア文明全体の文化レベルが退廃しつつあるとし、旧人類帝国時代の文化、芸術、建築、思想をそして何より活力を現代に復活させようとする考えで、人類帝国から決別して超文明思想の影響を強く受け独自の帝国と支配体制の維持に心血を注いで来た法帝庁としては、この懐古主義的な考えだと認めず、激しく糾弾したのだ。また対立関係にある真教会が人類帝国時代に波及していた正テラ教正教書原本版を所有、人類帝国の意思を受け継いぐ新勢力を自認していたため、この考えを認めると自分たちの分が悪くなると思っていたからである。本物の正教書を持たず、未完成の偽の正教書で尚かつ自分たちの都合のいいように勝手に内容を書き足して布教活動をおこなってきた法帝庁を名指しで非難していたフィリオ自身もわずらわしい存在だった。フィリオはキルキスタを去り、かつて人類帝国の帝都だったトノスを目指した。トノスに拠点を置く真教会ソクテス2世がフィリオの大興帝思想に好感をよせ、呼び寄せたからだ。彼の考えはソクテス2世を感心させ、真教会教圏の領内での活動を認めた。大興帝思想はすぐに多くの人々を魅了した。アディナ家当主バラモ・ラ・アディナ画家セ・バッチェリ、建築家カウラ・モッティー、彫刻家レバテン・シェニロ、音楽家ハリモア・カテラン、詩人ロッセニーナ・チェスカ、思想家クリトー・バーモン、特に表現活動で時代を築こうとしていた者からたくさんの支持を得た。当時、トノスには人類帝国時代の遺跡、建築物、書物がほぼ当時のまま残り続けていたために元々、旧時代への見識が深い人間が多く、これらに惹かれ地方から芸術家や学者が集まって来ていてアルメキア最大の芸術文化としとなっていた。彼等はトノスという恵まれた環境下でたくさんの活動と運動を活発化させる。やがてそれらが大きな波となってアネッサンスと呼ばれる歴史的な大運動へと発展してゆく。


大興帝思想初版

3、フィリオ宣言

我々の祖先はかつて人類王朝の
世界一極支配体制に逆らい
自分たちのアルカディア(理想郷)
築こうとした。しかし、大審判、
腐壊病の世界大流行が多くの
人々を苦しめ、繰り返される戦争や
飢餓がさらに犠牲を大きくした。
アルカディアの建設どころか
文明自体が停滞してしまっている。
大戦からの200年間の無秩序、無創造、
無生産な暗黒時代の空白を埋める
べく旧人類帝国の時代、文化を再認識、
再評価し、今をゼロからのスタート
として革新的で自ら賞賛に値する
時代、文明、文化、体系を新しく
創造しようではないか

        
       新生暦728年 
              哲学者ロイド・フィリオ

ロイド・フィリオ



4、オルフド・スティンルス 人類帝国の世界統合

オルフド・スティンルス
 偉大な哲学者ロイド・フィリオの大興帝思想の一文の中に我々祖先はかつて人類王朝の世界一極支配体制に逆らい自分たちのアルカディア(理想郷)を築こうとしたと書いてある。つまり300年前、人類帝国統治下の世界は人類皇帝と太老会を最上層として帝都トノスを根城とする超巨大官僚機構がアルメキア大陸、ゴート大陸、ウィスタン大陸、エノジア大陸を支配下におくピラミッド型の体制だった。人類帝国はおよそ1800年前のエル=ヴァ帝国時代から領土的に膨張をはじめ1000年の時をかけてゆっくりと拡大していったのである。1800年前の古代世界は多くの文明が発生しては自壊したり、他民族の侵入を受けたりしては滅ぶような過酷で未成熟な世界だった。エル=ヴァ帝国を建設したエル族もバークー陸道の小文明を滅ぼし帝国を打ち立てた征服王朝としてスタートした。彼等は自国の領土が拡大してゆくにつれ、当たり前ではあるが少数派となっていく。支配領域も増えれば支配する民族も増えるからである。しかし、占領した地域の旧支配層や権力者、有力商人を帝国政府に取り込み国政に参加させることで反感を取り除き少数派のエル人は大多数の様々な民族をうまくまとめ上げた。また帝国軍は占領地のインフラ整備や都市建設、蛮族の侵入を防ぐ役目を負っており、最初は警戒していた民たちも生活の安全を保障してくれて建設的な活動をしてくれる帝国軍を徐々に受け入れる態勢をとっていったのだ。多くの人々が人類帝国とその祖エル=ヴァ帝国を専制軍事帝国と思っているが、それは半分間違っている。たしかに帝国は同化を受け入れず叛旗を翻す者、離反しようとする者に対しては徹底的な破壊活動をおこなったが、反面領土の拡大と平行して文明社会の拡充も進み、アルメキア大陸、ゴート大陸、ウィスタン大陸の三つの大陸が統合され、人の交流、文化の交流、経済の交流が国際規模で活性化し、世界は飛躍的に進歩、発展した。もしエル=ヴァ帝国がバークー陸道にとどまり続け、四つの大陸が統合されず分裂したままで各文明が衝突を繰り返し続けたのならば人類の進歩は1000年遅れていたであろう。人類王朝の人類文明への恩恵は絶大である。理想郷は人類帝国下の世界だった。人類帝国に不満を持つ者は自分の帝国という理想郷を欲していた権力者、野心家であって万民が帝国打倒を望んでいたわけではない。

人類帝国の統治システム

人類帝国最盛期の最大勢力範囲

5、バール・アソー 中枢の幽霊化

バール・アソー
 人類帝国の興亡の人類史における重要性は十分に理解している。しかし、最近アネッサンス運動の風潮か人類帝国の実体を知らず表面的な栄華や芸術、ファッション、神秘性のみをただ賞賛するノスタルジックな流行を追い求める者で溢れかえっている。彼等は歴史を知らず学ぼうともしない。それもまたいいだろう、愚衆とはそういうものだ。しかし、少なからず本質を知ろうとする者もいる我々は彼等のような者を導き世界に問い続けなければならぬ。人類帝国のおよそ500年間に渡る世界統治は政治的、経済的に成功したと言えよう。だが本質的、文明的には失敗しているのだ。彼等は結局、古の帝国、今は亡き文明にすぎない、分裂大戦、続・分裂大戦は帝国を否定した勢力が掲げおこした大戦争である。つまり、時や人、命運は彼等を認めようとはしなかった。人類帝国は必要とされなくなったのだ。私はこの戦争を史上もっとも正当性のある独立戦争だったと考える。独立の旗手たちは帝国の偉大さ強大さは知っていた、その恩恵も。だが帝国の統治は長過ぎたのだ。独立の旗手たちは長い統治の中で徐々に「何ものでもない何かその他大勢(帝国民)にいつしか完全に取り込まれる。」ことを本能的に恐れたのだ。いつしか形骸化した装飾化した幽霊のような主人たち(人類皇帝、太老会議員、官僚)に連れ去られることを。世界統合は時期早々だった。限られた一族、権力の支配では人類文明全体の発展と幸福は望めない。人種を超えてもっと多くの人々、人種が政治に関わることの出来る技術や体制、大規模な人の交流が世界規模で完成するまで待たなければならない。都市国家や一部の地域での民主制とは訳が違う。この次におこる世界統合はそれを完遂させて成功するかもしれない。いつかは分からないが、かなり未来の話しだろう。しかし、二度目で失敗したら三度目はないかもしれない。失敗の歪みは人類帝国の破綻とは比較にならない。


6、リッグ・タイラー アルフォータ革命 権力の詩

リッグ・タイラー
 多くの知識人達は帝国の崩壊と新世界の形成の理由を分裂大戦だけに求めすぎている。帝国のほころびはアルフォータの叛乱から表面化してきていたのだ。アルフォータの叛乱は帝国同盟君主国アルフォータでおこった圧政に苦しむ人々がおこした解放運動で運動自体は帝国軍によって鎮圧されたが。後に思想家ドラゴ新世界旅団が生まれ帝国の世界一極支配体制に対する疑問符が世界に拡散して行った。たくさんの知識人や活動家、貴族、商人、宗教家がアルフォータの叛乱を口火に帝国の中枢太老会でこれまでの体制に異議を唱えはじめ、太老会紛争も勃発したが、この二つの叛乱は帝国にくじかれたのだ。が、帝国と戦うことでしか自由を勝ち得ないと確信した人々は地下に潜り運動を続けることを決めた。これらが後の独立戦争につながった。この一連の運動は人々の意識、認識を改革した。人々は支配されることを嫌うというが、支配されることに慣れてしまう場合もある。諦めだ、それなりに生きて行けるという状態が支配者の存在にも圧政の実態にも疑問を持たない無感覚な人々が増えたのだ。思想家ドラゴは命麗盟朝皇帝文旗にこう説いた「今世界は人類王朝を中心とした一元的な構造になっている。一元的な世界の維持は皇帝にとって都合がよい。なぜなら多様な概念の誕生は多次元的な領域を生むからだ。つまり、帝国とは違った権力の発生、文化の発生、意識の発生、自由意志の発生は支配するにあたり不都合だからだ。彼等は世界支配を無理に実行している、身勝手なプライド、世界の王者という傲慢な態度。だがその支配が長過ぎた。長過ぎるあまりに気付いてしまったのだ。自由であるべきだと、自分たちで新しいことをするべきだと。私は世界はもっと多くていいと考える。真に陛下が治める国を持つべきです。私は祖国がほしい。同盟君主国、属州同盟国、属州、植民地などと呼ばれない独立国に帰りたい。だから私は戦っているのです。」と、この発言から読み取れることは今現在のように複数の国がひしめき合い自国の独立性、自立性を意識している状態とは違い、当時世界はよりフラットだった未開地という意味でも。私は民族という概念もなかったと考える、民にとって領土、領域の争いは権力者同士の覇権を巡る小競り合いに過ぎなかった。権力者は自分の領域に暮らしている人々を兵士として集め軍隊を作り税を納めさせ、大まかな支配領域を決めた。そこには民族といわれるような区分はない、肌の色、生活習慣が違っても同じ兵士として扱われた。人類皇帝はその領域に暮らす民にではなく総括している主人である権力者に対して戦いを挑み次々と服従させ同化していった。その領域の民は主人が敗北し、戦う理由がなくなったため従う。まるで自然の流れの様に。民は戦うことを嫌っていた、田畑を耕し、家族を養う方が大事であって、そっちの方が戦いであったのだ。彼等はただ生活することが戦いなのだ。神聖大州洋同盟諸国及び第三世界連合諸国の盟主たちは民に戦う理由を与え立ち上がらせるために、思想家ドラゴの思想を利用、民族という概念を作り上げた。「我々は敵とは生活習慣も、肌の色も、言葉も、住む家も、使う食器も、食べ方も、ハグのしかたも違う。何から何まで全部違う。ゆえに人類帝国から独立し、同じ者同士だけで平和に暮らしたいという想いは一緒だ。だから共同戦線を張っている。そうあるべきなのだ。そうありたいと思わないか?」と。先ほどから言っていると思うが分裂大戦と続・分裂大戦は人類帝国というある一つの母体に組み込まれていた王たちが、その母体から離脱し、自分がほしい領域の人々に民族と名づけた足枷をハメて独自の権力体制とそれを維持するための搾取システムを築きあげたかったのではないかと疑っている。超文明思想など戦後の気運で出て来た根の葉も無い思想だ。ただ搾取して自ら財を成すためのまやかしなのだ。法帝庁真教会は人類帝国の支配システムを縮小化させただけだ。

法帝庁
真教会

7、ハルティン・ポッポー 権力のサイクル

ハルティン・ポッポー
 タイラー氏は支配を搾取ととらえ悪の根源であると言っているが、私はより支配というものを構造的にとらえている。法帝庁や真教会、人類帝国にしても強大な組織の中では無数のエゴイズムが渦巻いていのが常だ。だから常に権力のトップによって国が腐敗する訳ではない。むしろ中央部分から腐っていく場合が多い。軍部による謀反か、中央官僚同士の権力闘争による行政の機能麻痺、地方役人の横領と農民への法外な税の取り立てによる民の叛乱。そこへ外部からの侵略というパターンが、かなりの例である。つまり組織をうまく運営し、部下をコントロールし、巨大化する組織を守るための広域防衛体制と広域管理監視体制を築かなければならないが、これは現時点での技術では至難の技だ。だいたいが息切れをおこしてしまうものだ。組織を一元化すれば管理、監視は楽だが、狭い領域にとどまり国力の拡大も資源の獲得も出来ず結局国内の少ないパイを奪い合う内ゲバ争いで国内が乱れ強国に滅ぼされる。広大な国土と人口、多民族、多様性を支配しようとすれば、様々な事項に対応するため組織を細分化しなければならず、広域防衛体制と広域管理監視体制が弱体化して最高権力者と同等の力を持った強者や連合体が地方に突発的に生まれる可能性がある。広大化、細分化しすぎて足下も遠くも見通せなくなり権力のバランスを失うのだ。そして結局滅亡する。これだけ聞いてると、たとえ強大で堅固な帝国を築いても、時が物をサビさせるように衰え崩れ去る運命にあるのだと改めて思い知らされる。それもそうだ、人がどんなに健康に気をつかい栄養のあるものをバランスよく取り続けても、毎朝のマラソンを欠かさずやっても、酒やタバコをやらなくても、寿命は普通に生きて来た人とそんなにかわるだろうか、むしろ唐突な病気や事故で不運にも命を落とすことの方が多いのではないだろうか。一時の健康志向は一時的に体調をよくするにすぎない。じゃあ人は結局一つ覚えのバカみたいにどうなるとも分からない不条理な未来と先人が作り上げた偉大な時代を後世の愚か者がぶち壊す事を分かっていても刹那的な運命に身を委ね、またそれを繰り返し続けなければならない哀れな生き物なのだろうか。やはり人間は無限地獄のような呪われた大地に産み落とされた罪人なのだろうか。いやそうではない、繰り返すことが重要なのだ。ある時代、ある権力機構が、その広大な領域に根をはる、その根はいつしか衰え無くなる。その大地は荒れ果て、しばらくは暗闇の大地となる、だが、光はいつか見えて来る、光に人々は気付き暗闇を抜け出すだろう。そして、そこに出来た権力の空白が新たな時代と力を呼び込み再び光輝く大地に若く逞しい根がはるのだ。土も虫も空気も入れ代わり新しい生が栄える。歴史的に見れば人は権力を継承し続けて来た。そこに民族も階級もない。歴史という流れのシステムを作った人類はその歯車が壊れたり止まれば修復するか取り替え、また大きなパワーを形成し流れを作ろうとする。そして、権力というものが歯車を動かす潤滑油となるのだ。



『帝国から世界へ 人類真意論』 テキスト2p


神は我々人間を作った
神は我々に知恵をお与えくださった
この星の支配者になることをお許しになられたのだ
しかし、そんな我々は一体何を生み出し創造すればいい
そして、何を与えればいい

             
          新生暦758
               文学者キルティン・アリー
                     (一部改変)




8、アンドレ・エッツオ なぜヒトは創るのか

アンドレ・エッツオ
 なぜ人は文明を築くのか? なぜ権力や階級が発生するのか? なぜ人は争うのか? なぜ人は建築物のデザインにこだわったり、絵を描き音楽を奏でたり詩を書いて残そうとするのだろうか? 端的にいえば我々人類はこの星の知的生命体として生まれ歩むことを運命づけられたからだ。つまり横暴な言い方をすれば頭がいいからだ。人と動物の違いを見てもそれは一目瞭然。もっと深く切り込むのならば動物には欲求はあるが欲望はない。動物は空腹感を覚えれば食物を食べることで完全に満足する。人間の多くもそれは同じだ。しかし、満足を感じても慣れて、もの足りなさを感じ始めてしまうはずだ。味が好みじゃない、味付けを濃くしたい、もっと簡単に入手したいなど人間には別の回路が発生してしまう、それが欲望だ。頭が発達してしまったが故にそう思わざるおえないのだ。欲望のメカニズムは非常に複雑であるが、分かりやすく例えると男性が女性を欲し手に入れた後も、その事実を他者に欲望されたい(嫉妬されたい)と思うし、また同時に他者が欲望するものこそ手に入れたいとも思うのと似ている。これは自分勝手で愚かなように見えるかもしれないが人間が自己意識を持ち社会関係を創る事ができるのは、まさにこのような間主体的な欲望があるからにほかならないのだ。だから文明を形成したのだ。この多様な欲望のメカニズムをうまく廻し続けるための受け皿を。愛されたい、愛したい、認められたいこれらは熱病の様に渦巻いている。あらゆる場所で、この熱病が社会の中で消化出来なくなった時、何かが起こる。戦争か内戦か革命か滅びかだが欲望は新たなる発想や技術、文化を生み出し進歩をうながす。ひとは余計なことを考えるが故に発明や発見をするのだ。芸術がそのもっともいい例だ。暖をとりたい、馬のように速くは走りたい、海を越えて向こうの陸地まで行ってみたいと思いを馳せ実現させるため火を操り、馬にまたがり、船を発明したのと同じ線上に何か残したい伝えたい認められたいという想いが絵や詩や本、彫刻、音楽、建築に消化されていくのだ。これらははっきり言って無駄な事である。しかし無駄は知の豊かさの象徴である芸術は人類の本質と知能、無邪気さ暴き出す最高に無駄でスリリングな遊びである。人はおもしろい、だからこそ私は学ぶのだ。



9、イアン・テーベル 振り子と英雄


イアン・ペーテル
 私は最高に無駄な遊びができる人間の根源的なパワーとはいったいなんなのかをここで語りたい。人がものを生み出す原動力が欲望であることは周知のことだが、その欲望がどう可動し作用して周りを動かすのかを。まず私はエノジア大陸の思想家胆子の性善説と張子の性悪説を否定する。彼らの人は生まれながらにして善である悪であるという論争合戦は無意味だ。どちらも一元的すぎる。というより我々アルメキア人は極端な二つの説を解釈して輸入してしまった。人間は善と悪の二つの要素を持っている。これはありきたりな答えであり考えかもしれないが、とても複雑なのだ。単純な二元論でおさまるような話しではない。善と悪の間の振り幅が重要なのだ。振り子のように考えてもらえばいい、振り子は左側から中間の高さで離すと右側に左側から離した同じ高さに振り切る。左側を100とすると右側に100の力で移動するのだ。つまり100悪いことの出来る人間は100良いことが出来る。100悪いことを知っている人間は100良いことも知っているということ。3悪いことしか出来ない人間は振り子が振り切っても3しか良いことができないのだ。その振り幅が大きければ大きいほどその人間は物事をよく理解して力を発揮し動かしたり変えることが可能なのだ。この理論はカリスマ性のメカニズムを解明するのに便利である。歴史的に大活躍した人物たちは振り幅が大きくパワーに溢れエネルギッシュだったと考えられる。常人には考えられないような計測不能な振り方をする。例えばある時代、独裁的な王が支配する国があったとする、多くの民が搾取され虐げられてきた中で一人の人間が現体制に異議を唱え仲間を集めて立ち上がる。彼はリーダーとなり多くの民を統率し、革命を起こす。彼は解放と自由を大義名分にたくさんの体制派の兵士を殺さなければならない。自分の仲間や兵も危険にさらさなければならず、革命を成功させるためには無数の屍を築き、それを積み上げ目的を達成せざるおえない。それは過酷な選択であり、かなり重荷で精神的ストレスも相当である。それらを振り払うには狂信的な信条が必要だ。神を信じるように大義のためなら犠牲もやむおえないという信仰が。それを善か悪あで判断してはならない、敵と戦い倒す時は悪を発動させ大義と仲間を守るため残酷で冷徹である必要がある。そうしなければ勝利することも大切なものを守ることもできなくなってしまう。かつてヤンドラシャーン帝国大帝オロコイ「私は歴史に名を残したいとか、権力を手に入れたいとか、たくさんの領土を手に入れたいとか、そういうことは考えていなかった。部族長の息子として生まれ必然的に長の座につき、家族や友人、部下、民を守る責任をおうこととなり、戦はその守る責任を果たすためのやむおえない手段だった。多くの敵を殺そうが相手の村々を焼こうが恨みを買おうが指導者とはそれでも冷酷非情な心でもって責任を果たさなければならない。しかもひとたび時代の激流に身を委ねなければならなくなった時、事態も選択肢も責任もより過酷で無慈悲で運命を分けるものとなる。傍観者はそれを悪の権化だとか侵略者、略奪者、欲望の怪物と勝手に罵るだろう。彼らを無視しなければならない、それか脅しをかけてやるのだ。彼らはすぐに尾をふるだろう。すぐになびくだろう。そしてすぐに裏切るだろう。我々の立場など知り得ないのだ、やつ等の頭では、人生では。私は守るべきものを守り貫くべきことを貫く。」

大帝オロコイ



10、ナイマン・デンガー 表現と時間

ナイマン・デンガー
  私は多くの美術家たちの絵を見て話を聞き、絵画に対して、芸術家に対して、それを取り巻く時代に対して神聖さと偉大さの念を抱え原語化し記録するため本を書き続けている。絵はその時代の仕組みを語る記録である。画家の育った家庭、コミュニティ、民族、国家は当然本人の考え生き方の構造を決める。画家ロブラント・ダビンデは新生暦730年にエルゼナ神聖帝国のユスタンガ地方の村に生まれ、父アーサー・ダビンデは交易商を営み、家はたいへん豊かだった。ロブラントも家族全員正テラ教(法帝庁派)で熱心な信仰心を持ち父アーサーはロブラントをよくクワエトロ市のスティファン大聖堂に連れて行き祈りを捧げていた。大聖堂には大きな宗教画や壁画、彫刻、レリーフがありロブラントはよく家の近くの荒れ地で棒切れを拾い絵を描いていたという。ロブラント14歳の時、家族は聖地ミラリアに移り住み彼は正ミラリア法務院学校に入学。厳しい修行を受け神学と法学を勉強するが成績は中の下で、途中から授業にでなくなり画家ルマン・ストゥールのミラリア美術大工房に出入りしはじめ16歳で本格的に弟子入りする。彼は大工房でメキメキ力をつけて18歳で教会の壁画などを手掛け評判を得る。しかし22歳の頃、法帝庁軍の徴兵をうけ第二次ログ戦争に参加する。彼はそこで悲惨な戦闘と部隊の規律乱れた略奪行為目の当たりにし所属していた部隊から脱走、真教会教圏のキャンタビラ市に逃げ、教会に保護される。一年間教会で働き教会で出会った思想家アルファンと共にアネッサンス運動の中心都市トノスに向かう。ロブラントはトノスで最先端の芸術と哲学、文学、音楽などに触れ多くの知識人と交流を深める。彼はトノスで絵画制作を再開、また詩や本の執筆を始め頭角をあらわす。その本の中でロブラントは自信の哲学をこう書きつづっている。「人が時間というシステムを発見し自覚した時から進歩と焦り、創造と支配が可動をはじめた。時間が限られているといった焦りは人を何か成さなければならないという行動に駆り立てる。自覚せずとも生きる意味を探求する。ある程度の力を手に入れた者は力を維持するためにさらなる体制を築くため支配を強化、増幅させる。それらを取り巻く追従者が個々の思惑と計算によって下層を管理・監視して現行システムに加担する。つまり現行システムが現在の時間を形作る訳だが、常に支配や経済、画策、権威に服している。だが我々はこの時間やシステムと戦わなければならない。生まれた時代や環境は自己のアイデンティティーとして受け入れなければならないが、それは偽りや真実に気付くための糧でなければならない。もし君が偽りや真実を見分けられるようになり何か心の底から沸き上がる疑問、怒り、慟哭を感じた時、立ち上がってほしい。活動の仕方は無数にある。そして多くの人々が戦っていることに気付いてほしい。彼らから学び引き継ぐのだ。私は絵を描いている。多くの人々はたかが絵だと自己表現だと言うだろう。私は時代と戦っているのだ。未来と過去と流行と偽りと現実と抑制のきかない欲望の渦。そして人と。」



               ロブラント・ダビンデ
                   殉教
                  新生暦786年
                   フレスコ画
                 サジョーニカ大聖堂