ゼロ(2000年代)を超えて


小学校4・5年生の時、NHKの『映像の世紀』という番組を見た。宮崎駿の『天空の城ラピュタ』と『風の谷のナウシカ』に並ぶほど何十回も見た作品。宮崎駿のこの二作品は冒険心溢れるファンタジーだけど。映像の世紀は人間がビデオカメラで記憶し始めた時代から現代までの世界の歴史と人間と文明社会の本質を追った極めてシリアスなドキュメンタリー作品です。

僕は人類史を見る時、単純に善と悪とに分けるような二元論は無意味だと思っています。僕が絵画を描く時や架空の世界史ノートを書く時、そういった二元論に陥らないように注意しています。だって私生活でも人と付き合う時、相手の良いところと悪いところもバランスよく受け入れないと交流の幅と外の世界に対する見解が極端に小さく弱いものになってしまうからです。それはとても残念でもったいない事だと思う。記事にも書いたホリエモン収監もこの世から必要以上に毒を取り除こうとする社会全体の空気に対して気持ち悪さを感じるからです。ホリエモンは面白い、いい毒だったと思って見ていました。毒を必要以上に嫌う人々は、毒のつまり善と悪のヒストリーと人間の本質、思考のメカニズムを知らないためアレルギー反応を示してるだけなのです。欧米や中国がダイナミックでエネルギッシュに見えるのは毒をある程度社会が許容する準備ができているからです。もし少しの毒も認めない社会がこのまま続くようなら毒に対して無知で免疫ができてない故に猛毒が発生した時、社会は大きく混乱するでしょう。今の日本がそうではないでしょうか、上はごまかしていますが.....

これからの日本が安泰だとは到底思えません。だから、この世に蔓延る極端な二元論を断ち切って、人、物事、歴史は常に両極端なプラスとマイナスの両方向へ振れ続けるものだと理解した方が物事を冷静に分析して見れると思います。

虚構が安易に受けいられた時代は終わりました。
僕は今だから言っている訳ではありません。絵を描き始める前からずっと今まで抱えてきた疑問や怒り、コンフリクトを超えて、これからも真を探求していきたいだけなのです。

人が輝くために


リヴァイアサンの時代