『帝国から世界へ 人類真意論』 テキスト2p


神は我々人間を作った
神は我々に知恵をお与えくださった
この星の支配者になることをお許しになられたのだ
しかし、そんな我々は一体何を生み出し創造すればいい
そして、何を与えればいい

             
          新生暦758
               文学者キルティン・アリー
                     (一部改変)




8、アンドレ・エッツオ なぜヒトは創るのか

アンドレ・エッツオ
 なぜ人は文明を築くのか? なぜ権力や階級が発生するのか? なぜ人は争うのか? なぜ人は建築物のデザインにこだわったり、絵を描き音楽を奏でたり詩を書いて残そうとするのだろうか? 端的にいえば我々人類はこの星の知的生命体として生まれ歩むことを運命づけられたからだ。つまり横暴な言い方をすれば頭がいいからだ。人と動物の違いを見てもそれは一目瞭然。もっと深く切り込むのならば動物には欲求はあるが欲望はない。動物は空腹感を覚えれば食物を食べることで完全に満足する。人間の多くもそれは同じだ。しかし、満足を感じても慣れて、もの足りなさを感じ始めてしまうはずだ。味が好みじゃない、味付けを濃くしたい、もっと簡単に入手したいなど人間には別の回路が発生してしまう、それが欲望だ。頭が発達してしまったが故にそう思わざるおえないのだ。欲望のメカニズムは非常に複雑であるが、分かりやすく例えると男性が女性を欲し手に入れた後も、その事実を他者に欲望されたい(嫉妬されたい)と思うし、また同時に他者が欲望するものこそ手に入れたいとも思うのと似ている。これは自分勝手で愚かなように見えるかもしれないが人間が自己意識を持ち社会関係を創る事ができるのは、まさにこのような間主体的な欲望があるからにほかならないのだ。だから文明を形成したのだ。この多様な欲望のメカニズムをうまく廻し続けるための受け皿を。愛されたい、愛したい、認められたいこれらは熱病の様に渦巻いている。あらゆる場所で、この熱病が社会の中で消化出来なくなった時、何かが起こる。戦争か内戦か革命か滅びかだが欲望は新たなる発想や技術、文化を生み出し進歩をうながす。ひとは余計なことを考えるが故に発明や発見をするのだ。芸術がそのもっともいい例だ。暖をとりたい、馬のように速くは走りたい、海を越えて向こうの陸地まで行ってみたいと思いを馳せ実現させるため火を操り、馬にまたがり、船を発明したのと同じ線上に何か残したい伝えたい認められたいという想いが絵や詩や本、彫刻、音楽、建築に消化されていくのだ。これらははっきり言って無駄な事である。しかし無駄は知の豊かさの象徴である芸術は人類の本質と知能、無邪気さ暴き出す最高に無駄でスリリングな遊びである。人はおもしろい、だからこそ私は学ぶのだ。



9、イアン・テーベル 振り子と英雄


イアン・ペーテル
 私は最高に無駄な遊びができる人間の根源的なパワーとはいったいなんなのかをここで語りたい。人がものを生み出す原動力が欲望であることは周知のことだが、その欲望がどう可動し作用して周りを動かすのかを。まず私はエノジア大陸の思想家胆子の性善説と張子の性悪説を否定する。彼らの人は生まれながらにして善である悪であるという論争合戦は無意味だ。どちらも一元的すぎる。というより我々アルメキア人は極端な二つの説を解釈して輸入してしまった。人間は善と悪の二つの要素を持っている。これはありきたりな答えであり考えかもしれないが、とても複雑なのだ。単純な二元論でおさまるような話しではない。善と悪の間の振り幅が重要なのだ。振り子のように考えてもらえばいい、振り子は左側から中間の高さで離すと右側に左側から離した同じ高さに振り切る。左側を100とすると右側に100の力で移動するのだ。つまり100悪いことの出来る人間は100良いことが出来る。100悪いことを知っている人間は100良いことも知っているということ。3悪いことしか出来ない人間は振り子が振り切っても3しか良いことができないのだ。その振り幅が大きければ大きいほどその人間は物事をよく理解して力を発揮し動かしたり変えることが可能なのだ。この理論はカリスマ性のメカニズムを解明するのに便利である。歴史的に大活躍した人物たちは振り幅が大きくパワーに溢れエネルギッシュだったと考えられる。常人には考えられないような計測不能な振り方をする。例えばある時代、独裁的な王が支配する国があったとする、多くの民が搾取され虐げられてきた中で一人の人間が現体制に異議を唱え仲間を集めて立ち上がる。彼はリーダーとなり多くの民を統率し、革命を起こす。彼は解放と自由を大義名分にたくさんの体制派の兵士を殺さなければならない。自分の仲間や兵も危険にさらさなければならず、革命を成功させるためには無数の屍を築き、それを積み上げ目的を達成せざるおえない。それは過酷な選択であり、かなり重荷で精神的ストレスも相当である。それらを振り払うには狂信的な信条が必要だ。神を信じるように大義のためなら犠牲もやむおえないという信仰が。それを善か悪あで判断してはならない、敵と戦い倒す時は悪を発動させ大義と仲間を守るため残酷で冷徹である必要がある。そうしなければ勝利することも大切なものを守ることもできなくなってしまう。かつてヤンドラシャーン帝国大帝オロコイ「私は歴史に名を残したいとか、権力を手に入れたいとか、たくさんの領土を手に入れたいとか、そういうことは考えていなかった。部族長の息子として生まれ必然的に長の座につき、家族や友人、部下、民を守る責任をおうこととなり、戦はその守る責任を果たすためのやむおえない手段だった。多くの敵を殺そうが相手の村々を焼こうが恨みを買おうが指導者とはそれでも冷酷非情な心でもって責任を果たさなければならない。しかもひとたび時代の激流に身を委ねなければならなくなった時、事態も選択肢も責任もより過酷で無慈悲で運命を分けるものとなる。傍観者はそれを悪の権化だとか侵略者、略奪者、欲望の怪物と勝手に罵るだろう。彼らを無視しなければならない、それか脅しをかけてやるのだ。彼らはすぐに尾をふるだろう。すぐになびくだろう。そしてすぐに裏切るだろう。我々の立場など知り得ないのだ、やつ等の頭では、人生では。私は守るべきものを守り貫くべきことを貫く。」

大帝オロコイ



10、ナイマン・デンガー 表現と時間

ナイマン・デンガー
  私は多くの美術家たちの絵を見て話を聞き、絵画に対して、芸術家に対して、それを取り巻く時代に対して神聖さと偉大さの念を抱え原語化し記録するため本を書き続けている。絵はその時代の仕組みを語る記録である。画家の育った家庭、コミュニティ、民族、国家は当然本人の考え生き方の構造を決める。画家ロブラント・ダビンデは新生暦730年にエルゼナ神聖帝国のユスタンガ地方の村に生まれ、父アーサー・ダビンデは交易商を営み、家はたいへん豊かだった。ロブラントも家族全員正テラ教(法帝庁派)で熱心な信仰心を持ち父アーサーはロブラントをよくクワエトロ市のスティファン大聖堂に連れて行き祈りを捧げていた。大聖堂には大きな宗教画や壁画、彫刻、レリーフがありロブラントはよく家の近くの荒れ地で棒切れを拾い絵を描いていたという。ロブラント14歳の時、家族は聖地ミラリアに移り住み彼は正ミラリア法務院学校に入学。厳しい修行を受け神学と法学を勉強するが成績は中の下で、途中から授業にでなくなり画家ルマン・ストゥールのミラリア美術大工房に出入りしはじめ16歳で本格的に弟子入りする。彼は大工房でメキメキ力をつけて18歳で教会の壁画などを手掛け評判を得る。しかし22歳の頃、法帝庁軍の徴兵をうけ第二次ログ戦争に参加する。彼はそこで悲惨な戦闘と部隊の規律乱れた略奪行為目の当たりにし所属していた部隊から脱走、真教会教圏のキャンタビラ市に逃げ、教会に保護される。一年間教会で働き教会で出会った思想家アルファンと共にアネッサンス運動の中心都市トノスに向かう。ロブラントはトノスで最先端の芸術と哲学、文学、音楽などに触れ多くの知識人と交流を深める。彼はトノスで絵画制作を再開、また詩や本の執筆を始め頭角をあらわす。その本の中でロブラントは自信の哲学をこう書きつづっている。「人が時間というシステムを発見し自覚した時から進歩と焦り、創造と支配が可動をはじめた。時間が限られているといった焦りは人を何か成さなければならないという行動に駆り立てる。自覚せずとも生きる意味を探求する。ある程度の力を手に入れた者は力を維持するためにさらなる体制を築くため支配を強化、増幅させる。それらを取り巻く追従者が個々の思惑と計算によって下層を管理・監視して現行システムに加担する。つまり現行システムが現在の時間を形作る訳だが、常に支配や経済、画策、権威に服している。だが我々はこの時間やシステムと戦わなければならない。生まれた時代や環境は自己のアイデンティティーとして受け入れなければならないが、それは偽りや真実に気付くための糧でなければならない。もし君が偽りや真実を見分けられるようになり何か心の底から沸き上がる疑問、怒り、慟哭を感じた時、立ち上がってほしい。活動の仕方は無数にある。そして多くの人々が戦っていることに気付いてほしい。彼らから学び引き継ぐのだ。私は絵を描いている。多くの人々はたかが絵だと自己表現だと言うだろう。私は時代と戦っているのだ。未来と過去と流行と偽りと現実と抑制のきかない欲望の渦。そして人と。」



               ロブラント・ダビンデ
                   殉教
                  新生暦786年
                   フレスコ画
                 サジョーニカ大聖堂