僕ら彼らのノート

小学生の時、ぼくは隠れて孤独に架空の歴史ノートを描いたけど、クラスメイトにもそんなやつらがいたことを僕は気付いていた。架空の電車の駅や小説、架空のゲームの武器データ、架空の野球チーム…やつらもこっちのことは気付いていたはずだ。でもいいんだ。お互いを干渉しないことが暗黙のルールだから。中二病ぽく、かっこよく言うなら、それが武士道にも似た礼儀であるかのように。リア充も非リア充もオタクも体育大好き野郎も悪ガキも女の子も腐女子も関係ない、どのジャンルにもいる。だって想像しようとする行為は全ての人に平等に備わった必然だから。彼等が何故描くのか?それは描きたいから。鉛筆とノートさえあれば自分の思い通りの世界を創造する事ができる。たとえ拙くてもその世界は自由でイノセント。でも大人になったら思い出の妄想ノートは黒歴史と化してしまう。少しずつ大人というジャンルの階段を上がるたびに描けなくなる、理由はいろいろあるけど、それが大人になるということだから。だけど忘れ去られたあのこっぱずかしい想い出を垣間見るのはやっぱり楽しいし面白い。それくらいラフな感じでいいんだ。

あの頃の僕たちの美しい想いを無駄にしないために。